2011年9月24日土曜日

虚実篇・油断させる

 先に戦場に着いて敵を待つ者は油断し、後から戦場
に着いて戦おうとする者は労作する。
 だから戦争に慣れた者は、自分たちがおもむき、敵
に来させない。
 敵が先に着てしまうのは、そのほうが有利だからだ。
 敵が来ないのは、到着が速過ぎて損害がでるからだ。
 だから敵が油断するよう労作し、敵に余裕ができるよ
うに欲しがり、敵が安心するように動揺してみせる。

※この文章は一般的には「先に戦場に着いて敵を待て
ば余裕があり、後から戦場に着いて戦おうとすれば苦
労する。だから戦争に慣れた者は、自分たちが主導権
を握り、敵の思い通りにさせない……」といった解釈を
している。
 しかし、宮本武蔵は巌流島の決闘で、佐々木小次郎
を待たせて勝った。また、豊臣秀吉が明智光秀と山崎
で戦った時も、長距離を移動してすぐに合戦をして勝っ
たとされている。
 戦闘機の空中戦では、先に戦闘空域に着けば早く燃
料切れになり、負ける可能性のほうが高い。
 「先手必勝」という言葉があるが、速過ぎては負ける
こともある。
 ようはタイミングの問題で、主導権を握るというのは
敵の動きに合わせて行動するタイミングを計るというこ
とだ。


孫子曰く、およそ先に戦地に処(お)りて敵を待つ者は
佚(いっ)し、後(おく)れて戦地に処りて戦いに趨(おも
む)く者は労す。
ゆえに善く戦う者は、人を致して人に致されず。
よく敵人をしてみずから至らしむるは、これを利すれば
なり。
よく敵人をして至るを得ざらしむるは、これを害すれば
なり。
ゆえに敵佚すればよくこれを労し、飽けばよくこれを饑
(う)えしめ、安ければよくこれを動かす。

孫子曰、凡先處戰地、而待敵者佚、
後處戰地、而趨戰者勞
故善戰者、致人而不致於人
能使敵人自至者、利之也
能使敵人不得至者、害之也
故敵佚能勞之、飽能饑之、安能動之

2011年9月17日土曜日

勢篇・勢いを増す

 そこで戦争に慣れた者は、勢いを得るために、人の言
動をとがめない。
 だから最適な人を選んで、勢いを増すように煽動させる。
 煽動する者は、人を戦いに駆り立てるために、動かな
い木や石が転がるのと同じように煽動していく。
 木や石の性質は、安定した場所では静止し、不安定な
場所では動き、地面に接していればいずれ停止し、宙に
浮いていればいつまでも進んで行く。
 だからうまく人を戦いに駆り立てた勢いは、宙に浮いた
石が険しい山でも転がって登るような勢いになる。

 ※弱者が強者に勝つためにはルール無用で挑まなけ
ればならない。そもそもルールは強者に有利なように作
られる。
 戦争でルールを作ってもテロリストなどはそのルールを
無視するし、ルールが必要な戦争などしなければいい。
 戦争とは人殺しが正当化される行為だ。
 ナチスのヒトラーは、攻めようとする国に自国民を住ま
わせ、迫害されているように宣伝した。それを見た国民
は怒りを増し、愛国心に訴えることで、誰もが武器を持っ
て戦うようにしむけた。
 カルト教団は、将来の不安を駆り立て、神を利用して
自分たちには超越した能力があるように錯覚させる。
 一時的に勢いが増したとしても、それが身勝手なもの
なら、必ず自分に災いをもたらす。


ゆえに善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責(もと)め
ず。
ゆえによく人を択(す)てて勢に任ず。
勢に任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石を転ずる
がごとし。
木石の性は、安なればすなわち静に、危なればすなわち
動き、方なればすなわち止まり、円なればすなわち行く。
ゆえに善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仞(せんじん)
の山に転ずるがごときは、勢なり。

故善戰者、求之於勢、不責於人
故能擇人而任勢
任勢者、其戰人也、如轉木石
木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行
故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也

2011年9月10日土曜日

勢篇・勢いと時期

 激しい水の速さが石を漂わすのは、勢いがあるからだ。
 獲物を狙う鳥が疾風のごとく獲物を捕るのは、時期が
合っているからだ。
 これと同じように戦争に慣れた者は、民衆に危機的な
状況を訴えて勢いとし、時期を見計らって一気に動く。
 勢いは弓をひくように力をためなければならず、時期
は敵の変化をみて兆しを知る必要がある。

 多数が入り乱れ、戦いが混乱しても目的を見失っては
いけない。
 勝敗がつかず、こう着状態となっても気を緩めてはい
けない。

 治まっているものでも乱れ、勇敢なものでも怯えるし、
強いものでも弱い部分がある。
 治まったり乱れたりするのは謀略による。
 勇敢になったり怯えたりするのは勢いの差による。
 強くなったり弱くなるのは外見(体裁)による。

 だから敵を動かすことができる者は、こちらが外見を
変化させることで、敵がそれに合わせて行動するように
し、こちらが予測しやすい行動をすれば敵は必ず隙をつ
いてくる。
 有利だと思わせて動かし、伏兵で待っていればいい。

※ルアーを使った釣りをする場合、魚の種類や季節、天
候などによってルアーを選ぶ。そしてルアーを巧みに動
かして生きた餌のように見せかけて魚を誘い出し、釣針
にかかったタイミングを見て、ラインを一気に巻き上げる。
 釣り上げるまでには、ラインを巻いたり、止めたり、出
したりといった魚との駆け引きがあり、魚を弱らせる。
 目的の魚を釣りたいという根気と集中力がルアーを生
きた餌に見せかけることができ、竿の先やラインからくる
振動を感じてタイミングを知ることができる。
 目的の魚のいる場所を知ることや餌をまいておびき寄
せることも大事だ。


激水の疾(はや)くして石を漂わすに至るは、勢なり。
鷙鳥(しちょう)の疾くして毀折(きせつ)に至るは、節なり。
このゆえに善く戦う者は、その勢は険にしてその節は短
なり。
勢は弩(ど)をひくがごとく、節は機を発するがごとし。

紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘い乱れて、乱すべ
からず。
渾渾沌沌(こんこんとんとん)として形、円(まる)くして、
敗るべからず。

乱は治に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は彊(きょう)に
生ず。
治乱は数なり。
勇怯(ゆうきょう)は勢なり。
彊弱(きょうじゃく)は形なり。

ゆえに善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必ずこれ
に従い、これに予(あた)うれば、敵必ずこれを取る。
利をもってこれを動かし、卒をもってこれを待つ。

激水之疾、至於漂石者、勢也
鷙鳥之疾、至於毀折者、節也
是故善戰者、其勢險、其節短
勢如ヒク弩、節如發機

紛紛紜紜、闘亂而不可亂也
渾渾沌沌、形圓而不可敗也

亂生於治、怯生於勇、弱生於彊
治亂數也
勇怯勢也
彊弱形也

故善動敵者、形之、敵必從之、予之、敵必取之
以利動之、以卒待之

2011年9月3日土曜日

勢篇・奇法と正法

 争う時は、いつもする行動(正法)に見慣れさせて、い
つもはしない行動(奇法)を繰り出すから勝つのだ。
 だから奇法に巧みな者は、天地のようにありふれた
行動を繰り返しているように観えるが、江河のように変
化のある行動を次々に繰り出すこともできる。
 日月は沈んでもまた昇ってくる。
 四季は死をもたらすが、生み出しもする。
 音の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい音が聴こえるように感じる。
 色の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい色が観えるように感じる。
 味の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい味がするように感じる。
 争う態勢は奇法と正法しかないけれど、その組み合
わせによって無限に新しい態勢になったように感じる。
 奇法と正法は元々どちらも同じで、忘れられているか
知られているかの違いだけなので、区別はなく循環して
いるようなものだ。
 だれでもそれを使い尽くすということはない。

※コロンブスが「卵を立てられるか?」と聞くと、誰も立
てることができない。そこでコロンブスが卵をテーブル
に叩きつけ少し割って立てると、皆「なんだ、それなら誰
でもできる」と言う。
 今ではコロンブスの卵と言えば、誰でもすぐに思いつ
く正法になっているが、コロンブスがした時でも、特別な
ことをしたわけではなく、皆の「卵は丸いから立てられな
い」という固定観念を利用しただけで、これが奇法だ。
 エジソンやアインシュタインも新しい発明や発見をした
のではなく、自然界にあったものを利用したり、昔から
ある考え方(理論)を組み合わせただけだ。
 ジャッキーチェンがカンフー映画の中で、身近にある
机や椅子を武器として使う。
 机や椅子を普通に使えば正法だが、武器として作ら
れたものではない物を武器として使えば奇法になる。
 誰もが知ってしまったことが正法で、誰もが忘れたり
気がつかなくなったことが奇法。だから奇法を何度も使っ
ていれば正法になり、忘れられた正法を使えば奇法に
なる。


およそ戦いは、正をもって合し、奇をもって勝つ。
ゆえに善く奇を出だす者は、窮(きわ)まりなきこと天地
のごとく、竭(つ)きざること江河のごとし。
終わりてまた始まるは、日月これなり。
死してまた生ずるは、四時これなり。
声は五に過ぎざるも、五声の変は勝(あ)げて聴くべか
らざるなり。
色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観るべからざ
るなり。
味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗(な)むべか
らざるなり。
戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮むべか
らざるなり。
奇正のあい生ずることは、循環の端なきがごとし。
たれかよくこれを窮めんや。

凡戰者、以正合、以奇勝
故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河
終而復始、日月是也
死而復生、四時是也
聲不過五、五聲之變、不可勝聽也
色不過五、五色之變、不可勝觀也
味不過五、五味之變、不可勝嘗也
戰勢、不過奇正、奇正之變、不可勝窮也
奇正相生、如循環之無端
孰能窮之