2012年4月21日土曜日

九地篇・領民を動かす

_ようするに、敵国の考え方を知らない者は、かかわり結束す
ることができない。
山林、険しい山、狙われやすい湿地帯などの地形を知らない
者は、軍隊を行かせることができない。
土地勘のある者を味方につけることができない者は、地の利
を得ることができない。
敵国に介入しようとする者が、一つも知らないでは、覇道や王
道の戦争にはならない。
それが覇道や王道の戦争なら、大国を成敗するとしても、そ
の国の民衆が結集して反抗することはない。
威勢を敵対する者に加えれば、それらの者に味方する者はい
ない。
だから、諸国を侵略しなくても、諸国の利権を手に入れなくて
も、諸国の領民がこちらの考え方を信頼して、威勢が敵対する
者に加えられる。
それで、敵対する者の城は攻め落とせ、敵対する者の国は滅
びるのだ。
敵国の規定にはない褒賞を敵国の領民に与え、敵国の政治
にはない公平な規則を敵国の領民に示して、それを支持する
敵国の領民が、敵国の全軍に反抗する時は一致団結したもの
となる。
敵国の領民を反抗させるには、行動で示し、言葉で言ってい
るだけではだめだ。
敵国の領民を反抗させるには、利益を与え、災いがあると言っ
ているだけではだめだ。
敵国の領民に滅びる地にいることを認識させて、希望のない
状態になってから救い出す。
多くの者は災いがふりかかって、初めて争うようになる。

※敵国の領民がいい国に住んでいると思っているかぎり、その
国を攻撃すれば、侵略になる。
仮に領民が苦しんでいたとしても、それを大義名分に攻撃す
れば、これも侵略になる。
領民が自覚して、自分たちで立ち上がり、支援を求めてきた
時に大義名分を得て攻撃できる。
そうなるように、規定にはない褒賞や公平な規則を示して、
実行してみせる。
例えば、褒賞は地位の低い者に多くし、規則は地位の高い者
ほど厳しくする。
ただし、絶対にしてはいけないことは「敵に塩を送る」ことだ。
上杉謙信は、敵対する武田信玄が今川氏と北条氏に海産物
と塩の輸送を封じられて窮地におちいった時、信玄に塩を送っ
て助けた。
これは美談として伝わっているが、敵対する国を助ければ、
それだけ争いが長引き、より多くの者が無駄死にすることにな
る。
もし助けるとしたら、信玄が「自分の首と引き換えに領民を助
けて欲しい」と懇願してきた時だ。
謙信が信玄を家臣にすることができれば、天下統一も夢では
なかったかもしれない。


このゆえに諸侯の謀を知らざる者は預(あらかじ)め交わること
あたわず。
山林、険阻、沮沢(そたく)の形を知らざる者は軍を行(や)るこ
とあたわず。
郷導を用いざる者は地の利を得ることあたわず。
四の五の者、一を知らざるも覇王の兵にあらざるなり。
それ覇王の兵、大国を伐(う)てば、すなわちその衆、聚(あつ)
まることを得ず。
威、敵に加うれば、すなわちその交わり合うことを得ず。
このゆえに天下の交わりを争わず、天下の権を養わず、己の私
を信べ、威、敵に加わる。
ゆえにその城は抜くべく、その国はヤブるべし。
無法の賞を施し、無政の令を懸け、三軍の衆を犯すこと一人を
使うがごとし。
これを犯すに事をもってし、告ぐるに言をもってすることなかれ。
これを犯すに利をもってし、告ぐるに害をもってすることなかれ。
これを亡地に投じてしかるのちに存し、これを死地に陥れてしか
るのちに生く。
それ衆は害に陥れて、しかるのちによく勝敗をなす。

是故不知諸侯之謀者、不能預交
不知山林險阻沮澤之形者、不能行軍
不用郷導者、不能得地利
四五者不知一、非霸王之兵也
夫霸王之兵、伐大國則其衆不得聚
威加於敵、則其交不得合
是故不爭天下之交、不養天下之權、信己之私、威加於敵
故其城可拔、其國可ヤブ
施無法之賞、懸無政之令、犯三軍之衆、若使一人
犯之以事、勿告以言
犯之以利、勿告以害
投之亡地、然後存、陷之死地、然後生
夫衆陷於害、然後能爲勝敗