だから敵に形式(規律)があり、こちらは形式(規律)
にとらわれなければ、こちらは単独の行動ができ、敵は
各自の持ち場を離れられない。
こちらは一つの目標に向かって単独行動し、敵は十の
役割を分担したら、その指揮をする者だけを全員で攻撃
すればいい。
結果的に、こちらは多勢で敵は無勢になる。
多様な個性を生かして、孤立した者を攻撃すれば、こ
ちらに味方する者は結束できる。
こちらの攻め方は、敵には理解できない。
理解できないから防備する者が多くなる。
防備する者が多くなると、攻めてくる者は少ない。
だから前後左右で持ち場を離れることができず、連携
した対処ができない。
孤立すると人は防備するようになる。
多様な個性を生かせば、敵に対して個人の判断で防
備できるようになる。
※この文章の中で一般的には「こちらの全兵力が一つ
となり、敵は分散して十の部隊になれば、それは味方が
十倍の兵力で、一つの敵を攻撃することになる」と解釈
されている部分がある。
敵はなぜ十の部隊に分散するのか?
それがどうして十倍の兵力で敵を攻撃することになる
のか?
分散した一つの部隊を攻撃しているだけで、すべてを
攻撃しているわけではない。
一読すると敵はこちらよりも兵数が多いように感じる
が、仮にこちらの兵数を100人とすると敵の10分の1
は10人。(100人で10人を攻撃するから敵の10倍)
それが10の部隊に分散しているのだから敵の全兵数
は100人でこちらと同じ人数になる。
敵は二手に分かれて攻撃することはあっても10に分
散するとは考えられない。だから上記のような私の解釈
になる。
これを実践したのが織田信長の「桶狭間の合戦」だ。
駿河の今川義元が2万とも5万ともいわれる兵数で尾
張に侵攻してきた。それに対する織田信長の兵数は2
千人。
今川軍の実際の兵数は定かではないが、誇大に吹聴
していたかもしれない。少なくとも織田軍よりも多勢だっ
たはずで、桶狭間に着く前に小規模の戦闘があり、今
川軍が勝利していることからも余裕があったのかもしれ
ない。
だからまさか自分たちに攻撃を仕掛けてくるとは思っ
ていなかったのだろう。豪雨になったことで今川軍は足
を止め、雨のやむのを待った。
雨がやんだと思ったその時、突然、織田軍が今川軍
の本陣になだれ込み、義元は討ち取られた。
織田信長自身が既存のルールを破壊してきた人物な
ので、家臣にルールを守れとは言わなかっただろう。
信長の家臣は単独で戦地に赴くことも多く、信長はそ
の力量を試していたふしがあるぐらいだ。
今川軍のほうは、軍の規律がしっかり守られていて、
義元や部隊長の命令で一糸乱れずに行動するといった
態勢になっていたと思われる。
軍隊と軍隊の戦いなら今川軍のほうが圧勝するはず
だが、信長は義元1人を殺す2千人の暗殺者という発想
をしていた。
暗殺者は単独行動するので、規律などない。どう行動
するかも予測はできない。
今川軍の兵卒は、織田軍に攻撃されているとは分かっ
ても自分が攻撃されているわけではなく、規律により命
令がなければ勝手に持ち場を離れることはできない。
指示待ちの状態で、あっという間に義元が殺されたら、
後は烏合の衆とかすだけだ。
現在でもアメリカ軍がパキスタンやイラクで自爆テロに
あい、多くの兵士が無駄死にしている。
アメリカ軍の兵士は軍の規律に縛られ、国際的なルー
ルにも束縛されているので、兵士の個々が自由に判断
して行動することができない。
以前にも書いたが、テロリストは大国の作った国際
ルールなど守るはずがない。
そもそも戦争はスポーツではないのでルールなど何の
意味もない。
ゆえに人を形せしめてわれに形なければ、すなわちわ
れは専(あつ)まりて敵は分かる。
われは専まりて一となり、敵は分かれて十とならば、こ
れ十をもってその一を攻むるなり。
すなわちわれは衆(おお)くして敵は寡(すくな)し。
よく衆をもって寡を撃たば、すなわちわれのともに戦う
ところの者は約なり。
われのともに戦うところの地は知るべからず。
知るべからざれば、すなわち敵の備うるところの者多し。
敵の備うるところの者多ければ、すなわちわれのともに
戦うところの者は寡し。
ゆえに前に備うればすなわち後、寡く、後に備うればす
なわち前、寡く、左に備うればすなわち右、寡く、右に備
うればすなわち左、寡く、備えざるところなければすなわ
ち寡からざるところなし。
寡きは人に備うるものなり。
衆き者は人をしておのれに備えしむるものなり。
故形人而我無形、則我專而敵分
我專爲一、敵分爲十、是以十攻其一也
則我衆而敵寡
能以衆撃寡者、則吾之所與戰者約矣
吾所與戰之地不可知
不可知、則敵所備者多
敵所備者多、則吾所與戰者寡矣
故備前則後寡、備後則前寡、備左則右寡、
備右則左寡、無所不備、則無所不寡
寡者備人者也
衆者使人備己者也
2011年10月15日土曜日
2011年10月8日土曜日
虚実篇・心理戦
どうしても防ぐことができないのは、虚栄心をつくから
だ。
どうしても追い越せないのは、速報性が勝っているか
らだ。
だから短期戦をしなければいけない時、敵が厳重な
守りを固めて攻撃してこない場合でも、敵の誇りを傷つ
け、大義名分を与えれば、戦わざるおえなくなり、攻め
てくる。
こちらが守りきりたい時、どんなに無防備でも、敵が
攻撃できないのは、伝染病の発生のような偽情報を流
し、敵が近づけないようにするからだ。
※相手のプライドを傷つければ、普通なら怒るだろう。
心はどんなに訓練しても強くすることはできない。
独りなら耐えることができたとしても、集団が動揺する
と収拾がつかなくなる。
特に、相手に考える暇を与えず、噂が広まるような状
況なら効果は絶大だ。
人間は無意識に拒絶することもある。例えば、道にウ
ンチが落ちている。
ウンチは何かをするわけではない。でも、人は避けて
通る。どんなに力の強い者でも相手にはしない。
ウンチには「汚い」という武器がある。それが命を脅か
されるとなると、人は益々、拒絶する。
毒をもった生き物に体を似せる生き物もいる。これら
は毒をもった生き物が危険だということを他の生き物が
知っていなければ効果がない。
心理戦というのは、いかに情報をタイミングよく的確に
出すかにかかっている。
進みて禦(ふせ)ぐべからざるは、その虚を衝(つ)けば
なり。
退きて追うべからざるは、速かにして及ぶべからざれば
なり。
ゆえにわれ戦わんと欲すれば、敵、塁を高くし溝を深く
すといえども、われと戦わざるを得ざるは、その必ず救
う所を攻むればなり。
われ戦いを欲せざれば、地を画してこれを守るも、敵、
われと戦うを得ざるは、その之(ゆ)く所に乖(そむ)け
ばなり。
進而不可禦者、衝其虚也
退而不可追者、速而不可及也
故我欲戰、敵雖高壘深溝、不得不與我戰者、
攻其所必救也
我不欲戰、畫地而守之、敵不得與我戰者、
乖其所之也
だ。
どうしても追い越せないのは、速報性が勝っているか
らだ。
だから短期戦をしなければいけない時、敵が厳重な
守りを固めて攻撃してこない場合でも、敵の誇りを傷つ
け、大義名分を与えれば、戦わざるおえなくなり、攻め
てくる。
こちらが守りきりたい時、どんなに無防備でも、敵が
攻撃できないのは、伝染病の発生のような偽情報を流
し、敵が近づけないようにするからだ。
※相手のプライドを傷つければ、普通なら怒るだろう。
心はどんなに訓練しても強くすることはできない。
独りなら耐えることができたとしても、集団が動揺する
と収拾がつかなくなる。
特に、相手に考える暇を与えず、噂が広まるような状
況なら効果は絶大だ。
人間は無意識に拒絶することもある。例えば、道にウ
ンチが落ちている。
ウンチは何かをするわけではない。でも、人は避けて
通る。どんなに力の強い者でも相手にはしない。
ウンチには「汚い」という武器がある。それが命を脅か
されるとなると、人は益々、拒絶する。
毒をもった生き物に体を似せる生き物もいる。これら
は毒をもった生き物が危険だということを他の生き物が
知っていなければ効果がない。
心理戦というのは、いかに情報をタイミングよく的確に
出すかにかかっている。
進みて禦(ふせ)ぐべからざるは、その虚を衝(つ)けば
なり。
退きて追うべからざるは、速かにして及ぶべからざれば
なり。
ゆえにわれ戦わんと欲すれば、敵、塁を高くし溝を深く
すといえども、われと戦わざるを得ざるは、その必ず救
う所を攻むればなり。
われ戦いを欲せざれば、地を画してこれを守るも、敵、
われと戦うを得ざるは、その之(ゆ)く所に乖(そむ)け
ばなり。
進而不可禦者、衝其虚也
退而不可追者、速而不可及也
故我欲戰、敵雖高壘深溝、不得不與我戰者、
攻其所必救也
我不欲戰、畫地而守之、敵不得與我戰者、
乖其所之也
2011年10月1日土曜日
虚実篇・無形の圧力
敵の行きそうな場所に先に現れ、敵が味方にしてい
る者の場所にも行ってみる。
遠征を難なく行うのは、行軍しているとは分からない
ように偽装や散開して人知れず行くからだ。
攻めて必ず奪えるのは、危険な場所で、敵が攻めて
こないと思い、守っていない所を攻めるからだ。
守って必ず防ぐのは、攻めると後で反撃があると思
わせるような後ろ盾を用意して守っているからだ。
だから攻めるのが上手い者には、敵は守りようがな
い。
守るのが上手い者には、敵は攻めようがない。
細かく砕いていけば形は無くなる。
神がかっていけば音も無くなる。
だから敵の命を左右することができるのだ。
※この文章をそのまま解釈すれば「千里を遠征して苦
労しないのは、敵がいない場所を行軍するからだ。
攻撃すれば必ず奪うのは、敵が守っていない場所を
攻撃するからだ。
守って必ず防ぐのは、敵が攻めてこない場所を守る
からだ」と、当たり前すぎて、こんなに都合のいいよう
にできるとは思えない。
虚実というのは敵に、目には見えないプレッシャーを
与え、戦闘意欲をなくさせること。
そう解釈すれば、先手をうって行動したり、敵が味方
にしている者に会って交渉したり、敵の固定観念を打
ち破ったり、敵が恐れる相手を後ろ盾にしたりといった、
プレッシャーを細やかに繰り出し、手品のようにありえ
ないことを見せれば、こちらの思いのままになるといっ
た意味に受け取れる。
石田三成は加藤清正らに暗殺されそうになった時、
暗殺の首謀者かもしれない徳川家康の邸宅に逃げ込
み、難を逃れた。
幕末の薩長同盟など、本来ならできそうもないことが
できた時、相手に与えるダメージは大きい。
坂本龍馬は、勝海舟を後ろ盾にしたことで、幕府は
手出しができなくなった。
その必ず趨(おもむ)く所に出で、その意(おも)わざる
所に趨く。
千里を行いて労れざるは、無人の地を行けばなり。
攻めて必ず取るは、その守らざる所を攻むればなり。
守りて必ず固きは、その攻めざる所を守ればなり。
ゆえに善く攻むる者には、敵、その守る所を知らず。
善く守る者には、敵、その攻むる所を知らず。
微なるかな微なるかな、無形に至る。
神なるかな神なるかな、無声に至る。
ゆえによく敵の司命をなす。
出其所不趨、趨其所不意
行千里而不勞者、行於無人之地也
攻而必取者、攻其所不守也
守而必固者、守其所不攻也
故善攻者、敵不知其所守
善守者、敵不知其所攻
微乎微乎、至於無形
神乎神乎、至於無聲
故能爲敵之司命
る者の場所にも行ってみる。
遠征を難なく行うのは、行軍しているとは分からない
ように偽装や散開して人知れず行くからだ。
攻めて必ず奪えるのは、危険な場所で、敵が攻めて
こないと思い、守っていない所を攻めるからだ。
守って必ず防ぐのは、攻めると後で反撃があると思
わせるような後ろ盾を用意して守っているからだ。
だから攻めるのが上手い者には、敵は守りようがな
い。
守るのが上手い者には、敵は攻めようがない。
細かく砕いていけば形は無くなる。
神がかっていけば音も無くなる。
だから敵の命を左右することができるのだ。
※この文章をそのまま解釈すれば「千里を遠征して苦
労しないのは、敵がいない場所を行軍するからだ。
攻撃すれば必ず奪うのは、敵が守っていない場所を
攻撃するからだ。
守って必ず防ぐのは、敵が攻めてこない場所を守る
からだ」と、当たり前すぎて、こんなに都合のいいよう
にできるとは思えない。
虚実というのは敵に、目には見えないプレッシャーを
与え、戦闘意欲をなくさせること。
そう解釈すれば、先手をうって行動したり、敵が味方
にしている者に会って交渉したり、敵の固定観念を打
ち破ったり、敵が恐れる相手を後ろ盾にしたりといった、
プレッシャーを細やかに繰り出し、手品のようにありえ
ないことを見せれば、こちらの思いのままになるといっ
た意味に受け取れる。
石田三成は加藤清正らに暗殺されそうになった時、
暗殺の首謀者かもしれない徳川家康の邸宅に逃げ込
み、難を逃れた。
幕末の薩長同盟など、本来ならできそうもないことが
できた時、相手に与えるダメージは大きい。
坂本龍馬は、勝海舟を後ろ盾にしたことで、幕府は
手出しができなくなった。
その必ず趨(おもむ)く所に出で、その意(おも)わざる
所に趨く。
千里を行いて労れざるは、無人の地を行けばなり。
攻めて必ず取るは、その守らざる所を攻むればなり。
守りて必ず固きは、その攻めざる所を守ればなり。
ゆえに善く攻むる者には、敵、その守る所を知らず。
善く守る者には、敵、その攻むる所を知らず。
微なるかな微なるかな、無形に至る。
神なるかな神なるかな、無声に至る。
ゆえによく敵の司命をなす。
出其所不趨、趨其所不意
行千里而不勞者、行於無人之地也
攻而必取者、攻其所不守也
守而必固者、守其所不攻也
故善攻者、敵不知其所守
善守者、敵不知其所攻
微乎微乎、至於無形
神乎神乎、至於無聲
故能爲敵之司命
2011年9月24日土曜日
虚実篇・油断させる
先に戦場に着いて敵を待つ者は油断し、後から戦場
に着いて戦おうとする者は労作する。
だから戦争に慣れた者は、自分たちがおもむき、敵
に来させない。
敵が先に着てしまうのは、そのほうが有利だからだ。
敵が来ないのは、到着が速過ぎて損害がでるからだ。
だから敵が油断するよう労作し、敵に余裕ができるよ
うに欲しがり、敵が安心するように動揺してみせる。
※この文章は一般的には「先に戦場に着いて敵を待て
ば余裕があり、後から戦場に着いて戦おうとすれば苦
労する。だから戦争に慣れた者は、自分たちが主導権
を握り、敵の思い通りにさせない……」といった解釈を
している。
しかし、宮本武蔵は巌流島の決闘で、佐々木小次郎
を待たせて勝った。また、豊臣秀吉が明智光秀と山崎
で戦った時も、長距離を移動してすぐに合戦をして勝っ
たとされている。
戦闘機の空中戦では、先に戦闘空域に着けば早く燃
料切れになり、負ける可能性のほうが高い。
「先手必勝」という言葉があるが、速過ぎては負ける
こともある。
ようはタイミングの問題で、主導権を握るというのは
敵の動きに合わせて行動するタイミングを計るというこ
とだ。
孫子曰く、およそ先に戦地に処(お)りて敵を待つ者は
佚(いっ)し、後(おく)れて戦地に処りて戦いに趨(おも
む)く者は労す。
ゆえに善く戦う者は、人を致して人に致されず。
よく敵人をしてみずから至らしむるは、これを利すれば
なり。
よく敵人をして至るを得ざらしむるは、これを害すれば
なり。
ゆえに敵佚すればよくこれを労し、飽けばよくこれを饑
(う)えしめ、安ければよくこれを動かす。
孫子曰、凡先處戰地、而待敵者佚、
後處戰地、而趨戰者勞
故善戰者、致人而不致於人
能使敵人自至者、利之也
能使敵人不得至者、害之也
故敵佚能勞之、飽能饑之、安能動之
に着いて戦おうとする者は労作する。
だから戦争に慣れた者は、自分たちがおもむき、敵
に来させない。
敵が先に着てしまうのは、そのほうが有利だからだ。
敵が来ないのは、到着が速過ぎて損害がでるからだ。
だから敵が油断するよう労作し、敵に余裕ができるよ
うに欲しがり、敵が安心するように動揺してみせる。
※この文章は一般的には「先に戦場に着いて敵を待て
ば余裕があり、後から戦場に着いて戦おうとすれば苦
労する。だから戦争に慣れた者は、自分たちが主導権
を握り、敵の思い通りにさせない……」といった解釈を
している。
しかし、宮本武蔵は巌流島の決闘で、佐々木小次郎
を待たせて勝った。また、豊臣秀吉が明智光秀と山崎
で戦った時も、長距離を移動してすぐに合戦をして勝っ
たとされている。
戦闘機の空中戦では、先に戦闘空域に着けば早く燃
料切れになり、負ける可能性のほうが高い。
「先手必勝」という言葉があるが、速過ぎては負ける
こともある。
ようはタイミングの問題で、主導権を握るというのは
敵の動きに合わせて行動するタイミングを計るというこ
とだ。
孫子曰く、およそ先に戦地に処(お)りて敵を待つ者は
佚(いっ)し、後(おく)れて戦地に処りて戦いに趨(おも
む)く者は労す。
ゆえに善く戦う者は、人を致して人に致されず。
よく敵人をしてみずから至らしむるは、これを利すれば
なり。
よく敵人をして至るを得ざらしむるは、これを害すれば
なり。
ゆえに敵佚すればよくこれを労し、飽けばよくこれを饑
(う)えしめ、安ければよくこれを動かす。
孫子曰、凡先處戰地、而待敵者佚、
後處戰地、而趨戰者勞
故善戰者、致人而不致於人
能使敵人自至者、利之也
能使敵人不得至者、害之也
故敵佚能勞之、飽能饑之、安能動之
2011年9月17日土曜日
勢篇・勢いを増す
そこで戦争に慣れた者は、勢いを得るために、人の言
動をとがめない。
だから最適な人を選んで、勢いを増すように煽動させる。
煽動する者は、人を戦いに駆り立てるために、動かな
い木や石が転がるのと同じように煽動していく。
木や石の性質は、安定した場所では静止し、不安定な
場所では動き、地面に接していればいずれ停止し、宙に
浮いていればいつまでも進んで行く。
だからうまく人を戦いに駆り立てた勢いは、宙に浮いた
石が険しい山でも転がって登るような勢いになる。
※弱者が強者に勝つためにはルール無用で挑まなけ
ればならない。そもそもルールは強者に有利なように作
られる。
戦争でルールを作ってもテロリストなどはそのルールを
無視するし、ルールが必要な戦争などしなければいい。
戦争とは人殺しが正当化される行為だ。
ナチスのヒトラーは、攻めようとする国に自国民を住ま
わせ、迫害されているように宣伝した。それを見た国民
は怒りを増し、愛国心に訴えることで、誰もが武器を持っ
て戦うようにしむけた。
カルト教団は、将来の不安を駆り立て、神を利用して
自分たちには超越した能力があるように錯覚させる。
一時的に勢いが増したとしても、それが身勝手なもの
なら、必ず自分に災いをもたらす。
ゆえに善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責(もと)め
ず。
ゆえによく人を択(す)てて勢に任ず。
勢に任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石を転ずる
がごとし。
木石の性は、安なればすなわち静に、危なればすなわち
動き、方なればすなわち止まり、円なればすなわち行く。
ゆえに善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仞(せんじん)
の山に転ずるがごときは、勢なり。
故善戰者、求之於勢、不責於人
故能擇人而任勢
任勢者、其戰人也、如轉木石
木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行
故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也
動をとがめない。
だから最適な人を選んで、勢いを増すように煽動させる。
煽動する者は、人を戦いに駆り立てるために、動かな
い木や石が転がるのと同じように煽動していく。
木や石の性質は、安定した場所では静止し、不安定な
場所では動き、地面に接していればいずれ停止し、宙に
浮いていればいつまでも進んで行く。
だからうまく人を戦いに駆り立てた勢いは、宙に浮いた
石が険しい山でも転がって登るような勢いになる。
※弱者が強者に勝つためにはルール無用で挑まなけ
ればならない。そもそもルールは強者に有利なように作
られる。
戦争でルールを作ってもテロリストなどはそのルールを
無視するし、ルールが必要な戦争などしなければいい。
戦争とは人殺しが正当化される行為だ。
ナチスのヒトラーは、攻めようとする国に自国民を住ま
わせ、迫害されているように宣伝した。それを見た国民
は怒りを増し、愛国心に訴えることで、誰もが武器を持っ
て戦うようにしむけた。
カルト教団は、将来の不安を駆り立て、神を利用して
自分たちには超越した能力があるように錯覚させる。
一時的に勢いが増したとしても、それが身勝手なもの
なら、必ず自分に災いをもたらす。
ゆえに善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責(もと)め
ず。
ゆえによく人を択(す)てて勢に任ず。
勢に任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石を転ずる
がごとし。
木石の性は、安なればすなわち静に、危なればすなわち
動き、方なればすなわち止まり、円なればすなわち行く。
ゆえに善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仞(せんじん)
の山に転ずるがごときは、勢なり。
故善戰者、求之於勢、不責於人
故能擇人而任勢
任勢者、其戰人也、如轉木石
木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行
故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也
2011年9月10日土曜日
勢篇・勢いと時期
激しい水の速さが石を漂わすのは、勢いがあるからだ。
獲物を狙う鳥が疾風のごとく獲物を捕るのは、時期が
合っているからだ。
これと同じように戦争に慣れた者は、民衆に危機的な
状況を訴えて勢いとし、時期を見計らって一気に動く。
勢いは弓をひくように力をためなければならず、時期
は敵の変化をみて兆しを知る必要がある。
多数が入り乱れ、戦いが混乱しても目的を見失っては
いけない。
勝敗がつかず、こう着状態となっても気を緩めてはい
けない。
治まっているものでも乱れ、勇敢なものでも怯えるし、
強いものでも弱い部分がある。
治まったり乱れたりするのは謀略による。
勇敢になったり怯えたりするのは勢いの差による。
強くなったり弱くなるのは外見(体裁)による。
だから敵を動かすことができる者は、こちらが外見を
変化させることで、敵がそれに合わせて行動するように
し、こちらが予測しやすい行動をすれば敵は必ず隙をつ
いてくる。
有利だと思わせて動かし、伏兵で待っていればいい。
※ルアーを使った釣りをする場合、魚の種類や季節、天
候などによってルアーを選ぶ。そしてルアーを巧みに動
かして生きた餌のように見せかけて魚を誘い出し、釣針
にかかったタイミングを見て、ラインを一気に巻き上げる。
釣り上げるまでには、ラインを巻いたり、止めたり、出
したりといった魚との駆け引きがあり、魚を弱らせる。
目的の魚を釣りたいという根気と集中力がルアーを生
きた餌に見せかけることができ、竿の先やラインからくる
振動を感じてタイミングを知ることができる。
目的の魚のいる場所を知ることや餌をまいておびき寄
せることも大事だ。
激水の疾(はや)くして石を漂わすに至るは、勢なり。
鷙鳥(しちょう)の疾くして毀折(きせつ)に至るは、節なり。
このゆえに善く戦う者は、その勢は険にしてその節は短
なり。
勢は弩(ど)をひくがごとく、節は機を発するがごとし。
紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘い乱れて、乱すべ
からず。
渾渾沌沌(こんこんとんとん)として形、円(まる)くして、
敗るべからず。
乱は治に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は彊(きょう)に
生ず。
治乱は数なり。
勇怯(ゆうきょう)は勢なり。
彊弱(きょうじゃく)は形なり。
ゆえに善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必ずこれ
に従い、これに予(あた)うれば、敵必ずこれを取る。
利をもってこれを動かし、卒をもってこれを待つ。
激水之疾、至於漂石者、勢也
鷙鳥之疾、至於毀折者、節也
是故善戰者、其勢險、其節短
勢如ヒク弩、節如發機
紛紛紜紜、闘亂而不可亂也
渾渾沌沌、形圓而不可敗也
亂生於治、怯生於勇、弱生於彊
治亂數也
勇怯勢也
彊弱形也
故善動敵者、形之、敵必從之、予之、敵必取之
以利動之、以卒待之
獲物を狙う鳥が疾風のごとく獲物を捕るのは、時期が
合っているからだ。
これと同じように戦争に慣れた者は、民衆に危機的な
状況を訴えて勢いとし、時期を見計らって一気に動く。
勢いは弓をひくように力をためなければならず、時期
は敵の変化をみて兆しを知る必要がある。
多数が入り乱れ、戦いが混乱しても目的を見失っては
いけない。
勝敗がつかず、こう着状態となっても気を緩めてはい
けない。
治まっているものでも乱れ、勇敢なものでも怯えるし、
強いものでも弱い部分がある。
治まったり乱れたりするのは謀略による。
勇敢になったり怯えたりするのは勢いの差による。
強くなったり弱くなるのは外見(体裁)による。
だから敵を動かすことができる者は、こちらが外見を
変化させることで、敵がそれに合わせて行動するように
し、こちらが予測しやすい行動をすれば敵は必ず隙をつ
いてくる。
有利だと思わせて動かし、伏兵で待っていればいい。
※ルアーを使った釣りをする場合、魚の種類や季節、天
候などによってルアーを選ぶ。そしてルアーを巧みに動
かして生きた餌のように見せかけて魚を誘い出し、釣針
にかかったタイミングを見て、ラインを一気に巻き上げる。
釣り上げるまでには、ラインを巻いたり、止めたり、出
したりといった魚との駆け引きがあり、魚を弱らせる。
目的の魚を釣りたいという根気と集中力がルアーを生
きた餌に見せかけることができ、竿の先やラインからくる
振動を感じてタイミングを知ることができる。
目的の魚のいる場所を知ることや餌をまいておびき寄
せることも大事だ。
激水の疾(はや)くして石を漂わすに至るは、勢なり。
鷙鳥(しちょう)の疾くして毀折(きせつ)に至るは、節なり。
このゆえに善く戦う者は、その勢は険にしてその節は短
なり。
勢は弩(ど)をひくがごとく、節は機を発するがごとし。
紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘い乱れて、乱すべ
からず。
渾渾沌沌(こんこんとんとん)として形、円(まる)くして、
敗るべからず。
乱は治に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は彊(きょう)に
生ず。
治乱は数なり。
勇怯(ゆうきょう)は勢なり。
彊弱(きょうじゃく)は形なり。
ゆえに善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必ずこれ
に従い、これに予(あた)うれば、敵必ずこれを取る。
利をもってこれを動かし、卒をもってこれを待つ。
激水之疾、至於漂石者、勢也
鷙鳥之疾、至於毀折者、節也
是故善戰者、其勢險、其節短
勢如ヒク弩、節如發機
紛紛紜紜、闘亂而不可亂也
渾渾沌沌、形圓而不可敗也
亂生於治、怯生於勇、弱生於彊
治亂數也
勇怯勢也
彊弱形也
故善動敵者、形之、敵必從之、予之、敵必取之
以利動之、以卒待之
2011年9月3日土曜日
勢篇・奇法と正法
争う時は、いつもする行動(正法)に見慣れさせて、い
つもはしない行動(奇法)を繰り出すから勝つのだ。
だから奇法に巧みな者は、天地のようにありふれた
行動を繰り返しているように観えるが、江河のように変
化のある行動を次々に繰り出すこともできる。
日月は沈んでもまた昇ってくる。
四季は死をもたらすが、生み出しもする。
音の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい音が聴こえるように感じる。
色の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい色が観えるように感じる。
味の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい味がするように感じる。
争う態勢は奇法と正法しかないけれど、その組み合
わせによって無限に新しい態勢になったように感じる。
奇法と正法は元々どちらも同じで、忘れられているか
知られているかの違いだけなので、区別はなく循環して
いるようなものだ。
だれでもそれを使い尽くすということはない。
※コロンブスが「卵を立てられるか?」と聞くと、誰も立
てることができない。そこでコロンブスが卵をテーブル
に叩きつけ少し割って立てると、皆「なんだ、それなら誰
でもできる」と言う。
今ではコロンブスの卵と言えば、誰でもすぐに思いつ
く正法になっているが、コロンブスがした時でも、特別な
ことをしたわけではなく、皆の「卵は丸いから立てられな
い」という固定観念を利用しただけで、これが奇法だ。
エジソンやアインシュタインも新しい発明や発見をした
のではなく、自然界にあったものを利用したり、昔から
ある考え方(理論)を組み合わせただけだ。
ジャッキーチェンがカンフー映画の中で、身近にある
机や椅子を武器として使う。
机や椅子を普通に使えば正法だが、武器として作ら
れたものではない物を武器として使えば奇法になる。
誰もが知ってしまったことが正法で、誰もが忘れたり
気がつかなくなったことが奇法。だから奇法を何度も使っ
ていれば正法になり、忘れられた正法を使えば奇法に
なる。
およそ戦いは、正をもって合し、奇をもって勝つ。
ゆえに善く奇を出だす者は、窮(きわ)まりなきこと天地
のごとく、竭(つ)きざること江河のごとし。
終わりてまた始まるは、日月これなり。
死してまた生ずるは、四時これなり。
声は五に過ぎざるも、五声の変は勝(あ)げて聴くべか
らざるなり。
色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観るべからざ
るなり。
味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗(な)むべか
らざるなり。
戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮むべか
らざるなり。
奇正のあい生ずることは、循環の端なきがごとし。
たれかよくこれを窮めんや。
凡戰者、以正合、以奇勝
故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河
終而復始、日月是也
死而復生、四時是也
聲不過五、五聲之變、不可勝聽也
色不過五、五色之變、不可勝觀也
味不過五、五味之變、不可勝嘗也
戰勢、不過奇正、奇正之變、不可勝窮也
奇正相生、如循環之無端
孰能窮之
つもはしない行動(奇法)を繰り出すから勝つのだ。
だから奇法に巧みな者は、天地のようにありふれた
行動を繰り返しているように観えるが、江河のように変
化のある行動を次々に繰り出すこともできる。
日月は沈んでもまた昇ってくる。
四季は死をもたらすが、生み出しもする。
音の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい音が聴こえるように感じる。
色の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい色が観えるように感じる。
味の種類は有限だけど、その組み合わせによって無
限に新しい味がするように感じる。
争う態勢は奇法と正法しかないけれど、その組み合
わせによって無限に新しい態勢になったように感じる。
奇法と正法は元々どちらも同じで、忘れられているか
知られているかの違いだけなので、区別はなく循環して
いるようなものだ。
だれでもそれを使い尽くすということはない。
※コロンブスが「卵を立てられるか?」と聞くと、誰も立
てることができない。そこでコロンブスが卵をテーブル
に叩きつけ少し割って立てると、皆「なんだ、それなら誰
でもできる」と言う。
今ではコロンブスの卵と言えば、誰でもすぐに思いつ
く正法になっているが、コロンブスがした時でも、特別な
ことをしたわけではなく、皆の「卵は丸いから立てられな
い」という固定観念を利用しただけで、これが奇法だ。
エジソンやアインシュタインも新しい発明や発見をした
のではなく、自然界にあったものを利用したり、昔から
ある考え方(理論)を組み合わせただけだ。
ジャッキーチェンがカンフー映画の中で、身近にある
机や椅子を武器として使う。
机や椅子を普通に使えば正法だが、武器として作ら
れたものではない物を武器として使えば奇法になる。
誰もが知ってしまったことが正法で、誰もが忘れたり
気がつかなくなったことが奇法。だから奇法を何度も使っ
ていれば正法になり、忘れられた正法を使えば奇法に
なる。
およそ戦いは、正をもって合し、奇をもって勝つ。
ゆえに善く奇を出だす者は、窮(きわ)まりなきこと天地
のごとく、竭(つ)きざること江河のごとし。
終わりてまた始まるは、日月これなり。
死してまた生ずるは、四時これなり。
声は五に過ぎざるも、五声の変は勝(あ)げて聴くべか
らざるなり。
色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観るべからざ
るなり。
味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗(な)むべか
らざるなり。
戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮むべか
らざるなり。
奇正のあい生ずることは、循環の端なきがごとし。
たれかよくこれを窮めんや。
凡戰者、以正合、以奇勝
故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河
終而復始、日月是也
死而復生、四時是也
聲不過五、五聲之變、不可勝聽也
色不過五、五色之變、不可勝觀也
味不過五、五味之變、不可勝嘗也
戰勢、不過奇正、奇正之變、不可勝窮也
奇正相生、如循環之無端
孰能窮之
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